キック・アス


今年一番にお送りするレビューはアメコミ原作の痛快カルト作品、キックアスです。

全米では大ヒットしましたが、日本では単館上映の上に上映から間もない3月にソフト化されるという

いわゆるDVDスルー作品のような扱いを受けてしまった作品です。

あらすじ:

ニューヨークに住むオタク高校生のデイブ。彼はいわゆるオタク像にもれなく

学校では憧れの女の子に無視され、街を歩けばカツ上げされる冴えない存在。

そんな彼はアメコミの話を同級生のオタク仲間としている内に、ある考えをもつようになる。

それは「どうしてヒーローみたいな事を誰もやろうとしないんだろう?」という事。

「自分のように弱い存在を守る人がどうしてたった一人もいないのか?

もし一人でもいれば、世の中がきっと変わるのに…」

そう思った彼は、自らがその「ヒーロー」になる事を決意する。

そして通販で買った全身タイツに警棒をつけたヒーロー、「キック・アス」となるのだった。

彼はヒーローの仕事始めとしていつもカツ上げされているチンピラに立ち向かう…のだが結果は散々。

見た目はヒーローでも中身はオタクのままのデイブはナイフで刺された上に

通りがかった車にひき逃げされ、何もしないまま病院直行の目に遭ってしまう。

しかしこれで神経が鈍くなったのをいい事に再度彼は街に繰り出し、今度は暴漢に襲われている人を結果的に撃退。

これを見ていた市民はケータイで撮影した動画をYouTubeにアップし、かくしてヒーロー「キック・アス」は

一躍時の人となる。

しかし彼はまだ知らなかった。この街には彼の他にも復讐に燃える「ヒーロー」がいたことを。

そしてそのヒーローとの出会いが、彼の運命を大きく変える事を…


この作品の原作は「ウォンテッド」などを手がけたマーク・ミラー。

「ウォンテッド」も冴えない青年が意識改革によって強くなる話でしたが、

この映画はそこを更に推し進めたような内容です。

その一番のポイントは、「主人公が強くならない」事。

この手の映画は前述の「ウォンテッド」や等身大ヒーローの先駆けである「スパイダーマン」を見るまでもなく

「弱い主人公が強くなる瞬間の気持ちよさ」が焦点になる事が多いです。

しかしこの主人公のデイブはいつまで経ってもオタク青年のまま。

筋肉が付くわけでも警棒をうまく扱えるわけでもなく、コスチュームも全身タイツのまま。

映画の中では終始情けない姿を見せてくれます。

それでもこの映画が「痛快」といえる訳は、デイブの持つたった一つの武器「勇気」によって

彼が成長してゆく姿が見られるところでしょう。

しかしアクション部分も決して見所がない訳ではなく、隠れヒーローであるところの

「ビッグ・ダディ」と「ヒット・ガール」が受けもっているので十分楽しめます。

(この2人はリアルに人殺しをするので表現はちょっとエグいですが…

ちなみにバットマンまんまのビッグ・ダディはニコラス・ケイジが演じています。相変わらずアメコミ好きだなあ。)

等身大ヒーローならではの恋あり、友情あり、ラストにはハリウッド的な爽快シーンもありと

エンターテイメントに満ちながらも日本ではマイナー作品のこの1本。

個人的には大ヒット、今年初鑑賞にしてもうベスト1が出たのでは?と思うくらいの作品でした。

皆さんも興味があれば、DVD/BDでもいいので一度見てみてください。



アウトレイジ


「世界のキタノ」こと北野武監督の最新作。
今作は久しぶりにバイオレンス作品に回帰した事で話題になりました。

・あらすじ
北野監督自らが演じるヤクザの大友は広域組織「山王会」末端の組織、大友組の組長。
大友は池元(國村隼)の配下だが、池元は山王会若頭の加藤(三浦友和)に
兄弟分である村瀬(石橋蓮司)との間を怪しまれ、村瀬組を締めるように言われる。
兄弟の間がある為直接手が出せない池元は、その役目を大友に押し付ける。
しかしこれがきっかけとなり、事態は山王会全体を揺るがすものへと発展してゆく…

ストーリーはこんなところで、あらすじを聞くと何の変哲もないヤクザ映画という印象ですね。
実際大筋はその通りで、その部分で言えばVシネマのヤクザものの俳優陣が豪華になったものと
言っても差し支えありません。
監督はこの映画について「ヒットを狙ってる」という趣旨の発言を何度かしてきましたから、
こういったストーリーはヤクザ映画の王道を意識して作られたものなのでしょう。
しかしこの悪く言えばありきたりなストーリーとは裏腹に、北野作品として見た場合
今までの北野作品らしさ、そしてこれまでにない要素の両方が伺える作品です。
「BROTHER」で止めたといったヤクザもの、バイオレンス作品を再び手がけたのはなぜか?
といった問いへの答えもこの辺りにあるのでは、と思うのですが…それは後ほど。

・圧倒的なバイオレンス表現とユーモア
まずこれまでの北野作品らしさとして、バイオレンス表現が挙げられます。
監督は以前から「痛みの伝わる映像」を意識して作品を作って来ました。
だから暴力シーンは毎回痛そうなのですが、今作では特にそれが際立っています。
カッターでの指詰めシーンを始め、小道具に身近なものが使われているので
その痛みが容易に想像できるのが大きな要因だと思いますが、
とにかく痛そうなシーンのオンパレード。
石橋蓮司さんが演じる村瀬への仕打ちが特に酷く、見た人の多くが
「絶対こんな事されたくないな」と思わされたであろうと思います。
私は痛いシーンが嫌いで見ると顔が引きつって「イーッ」となってしまうのですが
(この表現は関西だけ?)この映画はしょっちゅう「イーッ」となっていました。
直接的なゴア描写がないのにも関わらず、ここまで痛そうな映画を作れるのは
やはり監督の演出力が凄いのだろうと思わされます。

次にユーモア。小さなヤクザの組長である大友は
上からは無理難題を押し付けられ、下も面倒を見なければいけないという
言ってみれば中間管理職の立場。
ヤクザという常識の範囲外の存在でありながら、上からの無茶振りに
「そんな事言われても…」といった様子で戸惑う姿を始め、情けない姿が
ユーモアたっぷりに描かれます。
特に大友のオヤジ、つまり上司にあたる池元を演じる國村隼さんと
村瀬を演じる石橋蓮司さんがとても良い味を出していました。
強面のヤクザが組織の上役の前では急に卑屈になる姿は分かっていても
思わず笑ってしまうところです。

・美のない虚無感
私が思う北野監督の今までのヤクザ作品と「アウトレイジ」が大きく一線を画す点がこれです。
「3-4×10月」や「ソナチネ」、「BROTHER」といったこれまでのヤクザ作品は
単にバイオレンスがあるだけでなく沖縄の美しい風景や花を使った演出、また日本人の美学など
観客が感情移入できる「美しいもの」が同時に表現されていました。
ともすればヤクザである事はどうでもよくなってしまうくらいにその美しさは印象的で、
これらの作品を「ヤクザ映画」ではなく「北野作品」と呼ばせるのに十分なものでした。
しかし今回、そういった「映像的な美しさ」や「ヤクザとしての美学」は一切表現されません。
「全員悪人」が映画のコピーになっていますが、出てくる人間は大半が自分の手を汚そうとせず
人の功績を横取りする事しか考えない汚い人間です。
大友は昔堅気のヤクザですが話が進むにつれ追い詰められ、プライドを砕かれてゆきます。
後半はすさまじい暴力の嵐で色んな人物が死んでゆくのですが、その死にも北野作品らしい
美しさは微塵もありません。全て無駄死に、犬死にです。
映像は東京(と思われる)の殺風景な風景のみで映像的な美しさもありません。

観客が感情移入できる要素をことごとく排して後に残るものはというと、
この一連の出来事が結局何の意味ももたらさなかったという虚無感のみです。
(この感情移入できる要素ゼロの作品を「ヒットを狙った」と言える監督には
改めて、皮肉ではなく純粋に大した人だと思わされます。)
では、その「美しさ」を排除して監督が表現したかったものは一体何だったのでしょうか?
私はバイオレンス作品への回帰と圧倒的な暴力描写、そしてその後の虚無感から
これまでは作品の一要素としてしか表現してこなかった「暴力」を主題に据え、
それを真正面から表現した作品であると思います。
「欲望により他者のものを奪う」という事が暴力の本質として考えられるなら
それそのものを描くという事に注力した作品が「アウトレイジ」であり、
同時に監督がこの作品を作った理由ではないか、と思うのです。

個人的には北野作品未見の人にはオススメできませんが、ストーリー自体は分かりやすい
ヤクザものなのでこれから見て「ソナチネ」などの作品を見るのも良し、
先に他作品で予習してから見るも良し。(北野作品を初めて見る場合、一番いいのは
「キッズリターン」だと思います。)

この作品が「キャストの豪華なVシネマ」になるか、それとも別の評価になるか。
賛否両論分かれるこの作品、興味があれば是非どうぞ。